理事長・校長ブログ

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2012/01/12
年頭所感

明けましておめでとうございます。

1月7日は、本校の三学期の始業式でした。

 始業式に先立ち、朝一番の職員朝礼にて、教職員に対して年頭の訓示をしました。

 

私が郁文館夢学園の理事長に就任したのは、2003年春のことです。

それから、トップダウンで様々な改革を行いました。

「子どもたちの幸せのためだけに学校はある」という理念を実現するために、学校運営体制を一から再構築するためには、トップダウンですすめるしか方法はありませんでした。

しかし、私のトップダウンについてきてくれた教職員の尽力によって、この9年間で「夢教育のベース」がある程度、形になったと感じています。

今年からは、いよいよ第二段階です。 夢教育をさらに進化させなければなりません。

 

 

『新』という字は、「立つ木に斧を入れる」と書きます。

「立つ木」がなければ、『新しいもの』は生まれません。

この「立つ木」こそ、9年間で築きあげた「夢教育のベース」です。

「夢教育のベース」に斧を入れ、さらに夢教育を進化させるべく、第二段階に必要なのは全教職員からの自発的な取り組みです。

新たに制定した「教職員の行動規範」(以下、参照)を遵守し、全教職員が理念・目的・目標を共有し、自ら考え、自ら行動し、自ら研鑽し、『新しい』夢教育を生み出してくれることを望みます。

 

 

 *** 郁文館夢学園 教職員の行動規範 ***

 

教職とは聖職なり

その教職を支える学校職員も同様

"子どもたちの幸せのためだけに学校はある" の理念の下、 "子どもたちに夢を持たせ、夢を追わせ、夢を叶えさせる"  という目的を達成するために教職員は一丸となること

 

 

 七つの約束 ~ 教職員編 ~

一、 365日、24時間 子どもたちに寄り添うこと

一、 授業において生徒を寝かせず、ゴミひとつない整理整頓された環境の中、 生徒が前のめりになる授業を行うこと

一、 昨日より今日、今日より明日、授業のレベルを上げること

一、 生徒にいじめをさせない、不正をさせない、法を破らせないこと

一、 保護者との円滑な人間関係を構築すること

一、 自ら夢を持ち、夢を追い、生徒の人生のモデル(夢達人)となること

一、 「七つの約束」を生徒たちに守らせると同時に自ら守ること

 

***

 

三学期の始業式では、生徒達に次のように伝えました。

 

 「為さざる有るなり、以って為す有るべし。」

孟子の言葉です。

 

人は、何をしないかが大事で、何をするかはその次のこと。

遅刻をしない、嘘をつかない、いじめをしない、人のものを取らない・・・。

まずは、みんなで守るべきことを守る。

それから、夢を追いかけよう。

それから、人のために何ができるかを考えよう。

 

 

2012年、教職員も生徒も、新たな気持ちでスタートです。

2011/09/02
ボランティア・バスツアーを終えて

今年の夏休み、SAJの主催する陸前高田へのボランティア・バスツアーに、5回にわたり、400人以上もの生徒が参加させていただきました。こんなにも多くの生徒が、被災地の役に立ちたい、何らかの行動を起こしたいと参加してくれたことを、大変うれしく思います。

 

 

 

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瓦礫の撤去、草刈り、漁港の清掃・海藻除去、施設整備、避難所の清掃などなど、ボランティア・センターの指示のもと、毎回異なる作業を行いましたが、このボランティアを通じて、生徒諸君は様々なことを学んでくれたことと思います。助け合う心、命の大切さ、自然の脅威、国を愛する心、この一瞬一瞬今を生きることの大切さ・・・。学校の年度目標に掲げた"仁の心"を育ててくれたことと思います。

 

 

 

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私も、最終回、5回目のツアーに参加した生徒諸君と一緒に、津波で冠水してしまった水田跡の草取りと瓦礫の整理を行いました。 広範囲にわたる被災地の、瓦礫撤去だけでも3年ぐらいはかかるのではという見通しを耳にしたことがありましたが、道路の両側に積み上げられているような瓦礫、目に見える瓦礫は何とか撤去できても、表面的には見えない、土に埋もれた瓦礫まで含めると、大変な、気の遠くなるような時間と手間がかかりそうです。 

 

今回、たまたま田んぼの草取りをする中で、田んぼや畑に埋もれた瓦礫の除去まで拡大して考えるならば、それは3年~5年という話ではなく、もしかすると10年、あるいは20年という歳月が必要なのではないかとまで感じました。

 

 

田んぼには50センチぐらいに生い茂った、巨大な草が生え、これは手で抜くことも叶わず、スコップで根から掘り起こさねばなりません。そのために10~20センチぐらいの土を掘り起こすわけですが、そこに無数のガラス、茶碗のかけら、瓦の破片などなど、ありとあらゆる瓦礫が埋もれています。

 

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勿論、海水が流れ込んだ訳ですから、田んぼの土には砂もまじっていました。当然、塩分も含まれており、塩気を抜かねば米作りは出来ないでしょう。何年も何十年も丹精込めて改良して育ててきた土が、一瞬の津波で作物に適さない土になってしまう。農家の方からすれば断腸の思いでしょう。悔しいことでしょう。

 

私自身、畑での野菜作りを趣味としていて、休みの日には土をいじることを何よりの楽しみにしています。田んぼがすっかり田んぼでなくなってしまった農家の方々の気持ちを思うと、スコップで土を掘り起こすたび、涙が出てきました。

 

さまざまな事情で、参加したい気持ちはあるものの残念ながら今回は参加出来なかった人もいるでしょう。いずれにしても、被災地の復興に向けての歩みはまだまだ終わることのない、長い長い取り組みとなりそうです。

 

 

生徒諸君には、大学生になってからも、社会人になってからも、今後も是非、機会を見つけて、復興に向けての取り組みに力を貸して欲しいと思います。

 

 

校 長  宮崎  宏

2011/08/24
ニュージーランド視察から その2

 クライストチャーチを訪れました。去年9月、今年2月と続けざまに、地震に見舞われた街は、大聖堂を中心に繁華街が広がる美しい街でしたが、その街をかつてない大きな地震が襲いました。その街の中心は壊滅的な被害を受けたため、現在でも一般市民は中に入れない立入禁止区域となっています。

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 今回、市の許可を得て、レッドゾーンと言われる地震で破壊された街の中心に入りました。パスポートを提出し、写真を撮り、IDカードをつくり、ヘルメットをかぶり、防災服を着て、防災長靴を履き、ようやく中へ入れてもらうことができました。

 日本の方28人が亡くなった場所、C・T・Vビル前で献花させていただきました。そこには、日本からの家族の手紙がありました。~お父さんと4人で来たよ、あなたの言うとおり美しい街だね・・・~ ~お母さんだよ、やっと家に帰れるね~  胸がしめつけられるような、愛にあふれた言葉の数々が読み取れました。献花とともに一通の手紙を献げました。出し主は、郁文の生徒が現在お世話になっているホストファミリーで、このホストファミリーが預かっていた留学生が地震で亡くなったとのことでした。"安らかにおやすみ下さい"の自筆の手紙を心こめて献げてきました。

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 日本の災害で、「想定外」「想定外」と都合のいい言葉が飛び交っています。本当に想定外だったのか、自分の家族が危険にさらされていたとしても、それは想定外だったのか、"親身"に想定はされたのか・・・。クライストチャーチの被災地に立ち、東北大震災の津波に流された街に立ち、愛があれば、想定外は想定内になったのではないかという思いが、フツフツと心にわいてきます。想定外などという言葉は、表現は悪いのですが、"クソくらえ!"だと感じます。想定内だろうが、外であろうが、愛する人は守らねばならない、愛する人は何としても守らねばならない。そんな想いが強まります。
 ― 防災対策 ―  ― 危機管理 ―  大きな愛に基づいてやり抜かねばなりません。それが為政者の責任であると、改めて思い知らされるクライストチャーチ行きとなりました。

 そんなクライストチャーチから、首都ウエリントンへと向かいました。国会議事堂の建物群の1つ、執務棟ともいうべきビーハイブにて、ジョン・キー ニュージーランド首相と会談させていただき、「2025年までに、再生可能エネルギー90%へ」の道筋が、この国では明確に描かれていると感じました。思いつくままに、中途半端な発言を繰り返す、日本の首相とは残念ながらケタが違います。今までの中心の"水力"から"地熱エネルギー"へと転換させていこうとする、"原発には頼らない"という明らかな意志があります。損得の前に、人としてエネルギーとどう向き合うのか、そのことを考えなければならないと実感しました。

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 また、懸案となっているTPPについて、ジョン・キー首相、そしてニュージーランド経団連とも言われるBusinessNZのPhil O'Reillyと話し合いました。両名とも震災によって日本の国内調整が遅れているのは、仕方ないと言いつつも、日本の対応の遅さ、態度の曖昧さに、不信感を募らせていることが伝わってきました。農業問題さえ国内で解決すれば、将来最も大きな利益を得るのは輸出国日本だと、お二人は強くそのように言います。TPPについては、日本は完全に出遅れていて、11月の締結へと準備を進められる中、日本はそのルールづくりにさえ関わることさえ出来ずにいます。ニュージーランドのような食糧輸出国と、シンガポールのような食糧輸入国の間でルールが決められてしまえば、日本が参加したくとも参加できなくなってしまうのです。輸出、輸入のルールのみならず、保険金融のルールも見直されようとしています。日本という国は、「緊急ではないが、重要なこと」に全く手が打たれていない国だと言わざるを得ません。

 エネルギー問題にしても、TPP問題にしても、それが国民の総意ならば、いずれの答えでもいいのです。答えを持たない国として、世界の国々から見られる事は辛いことです。意志なき国、行動なき国として、日本が見られることだけは避けなければなりません。


理事長  渡邉 美樹

2011/08/11
ニュージーランド視察から その1

 ―かわいい子には旅をさせろ― と言いますが、真実だと思います。グローバル生の、ニュージーランド留学一年間での目を見張るような成長がその根拠です。今回の視察の一番の目的は留学7ヶ月目の彼らとのふれあいでした。久しぶりに会う彼らの目つきは変わり、自信がその目にあふれています。親から自立した姿が、そこにあります。

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 グローバルでは " 一つの学校に一人の生徒しか送りこまない"ことを基本方針としています。よって、彼らはどの学校でも、まさに"日本代表"なのです。地震が来ても日本は大丈夫かと聞かれ、イルカ漁においても日本の食文化を日本代表として問われ、韓国、中国の留学生とは、竹島、尖閣諸島の問題を日本大使ばりに、日本を代表して、その歴史から話す。日本を知り、日本を語り、彼らは日本を好きになり、本当の国際性を身につけていきます。

 クライストチャーチの地震から立ち上がろうとしている同級生とのふれあいの中、"皆、街を愛しているのだなあ"と感激する一方で、「私は日本を愛しているか」と自問する生徒がいました。他にも、3日間の山登り、ラグビーの試合、アイスホッケーの試合などなど、生徒たちは、それぞれの場面で国境を越えた友情を培います。たいてい最初の1ヶ月で皆ホームシックになりますが、そのとき助けてくれるのも現地の同級生です。

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 先進諸国で唯一、海外留学が毎年減っている情けない国が日本です。お金も、環境も、食糧も、エネルギーも、もう何ものにも国境などは存在せず、明日には、"雇用"にさえも国境はなくなるでしょう。国境を越えて、世界に通じる子どもたちを育てることこそ、私たち大人の責任です。海外で、著しく成長した彼らと出会うとき、 "日本の高校生10人に1人を、海外留学へ"という、私の都知事立候補時のマニュフェストは正しかったと改めて確信します。やはり、何とかしたいと思います。「若者たちよ、世界へ」「鎖国の江戸時代に逆戻りすることは許されない、世界人としての自覚にめざめよ」と、ことある毎にそう伝えていきたいと、心から思います。

 ところで、そもそもニュージーランドを郁文の留学先に選んだ理由がふたつありました。ひとつは公立校の海外留学生の受け入れ体制が大変しっかりしていること、もうひとつは、ホームステイ体制が充実しており、本当にふつうの家庭がホームステイを当たり前のように受け入れているということでした。

 今回、一人の生徒のホームステイ先をお邪魔しました。ご主人はエンジニア、奥様とは、15歳の高校生のときからの同級生で、大恋愛の末に結婚。7才の男の子、15才の女の子、81才のおばあちゃん、そして当日はいませんでしたが、その上のお姉さんを含め6人家族、それに、郁文の生徒を含め2人の留学生。みんなであたたかな夕食会となりました。

 ご主人が、海から採ってきてくれたアワビによる前菜、ホームステイの生徒の話で大いに盛り上がります。まるで、我が子のように、家族として受け入れてくれていることが伝わり、有難く、胸が熱くなりました。夕食後、ご主人と7才の坊やが演じてくれた"ハカ"は、さすが本場、もの凄い迫力でした。お別れは、家族全員でニュージーランド先住民族"マオリ"の歌をプレゼントしてくれましたが、切なくしみじみとした、いい歌でした。よくぞここまで心を開き、よくぞここまで私の子供を愛してくれた、と感謝の言葉を繰り返しました。今回の留学期間も残り3ヶ月半となりましたが、来年も郁文の生徒のホームステイをお願いしました。

 今年は40人、40の家族との絆が生まれ、来年は90人、90の家族との絆が生まれます。
 言葉もろくに通じず全く知らない家の一員となる中で、少しの緊張感の中で自立すべく、人間関係を自分の力でつくり上げていく、これ以上の勉強はありません。

 自分自身の力で人間関係を構築すると言えば、今回の視察で訪れたある高校でのことです。郁文の一人の女子生徒がサモア・ダンス部へ入りました。ミクロネシアンの生徒ばかり50人のクラブで、アジア人は彼女1人だけです。その彼女が入学7ヵ月半で見事に皆と共に踊っていました。彼女によれば、半年間は、「なぜアジア人のあなたが私たちのダンスを踊るのか」と相手にもされなかったと言います。彼女はダンスを踊りたい一心でじっと耐え、半年でようやく家族にしてもらえたとのことでした。それを聞いた後で、彼女が踊っている姿を見て、涙が流れました。「この半年間どんなに辛かったろうか」「この半年間どんなに寂しかったろうか」。人は目の前の壁を自分の力で越えていかねばなりません。越えていく時に、大きな成功と成長があるのです。

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 来年の中学新入生からは、グローバル力を高めるプログラムを徹底していきたいと思います。その一つが中学3年夏の短期留学ですが、その留学先をニュージーランドに決めた、その選択の正しさを確信する視察となりました。気持ちはまさに、"さあ、グローバル教育をはじめよう"です。

理事長  渡邉 美樹

2011/07/09
ボランティア・バスツアー(続報)

6月16日の理事長の文章でお知らせした、陸前高田へのSAJボランティア・バスツアーですが、郁文用のプログラムが確定し、現在、準備が進められています。

 

8月中に5回のボランティア団が現地に向かい、0泊3日のスケジュールで活動をします。参加希望の生徒数が、事前の想定を遙かに上回ったため、急遽、バスの便数を毎回2~3便にと増やしてもらいました。

 

これだけ多くの生徒が被災地に行こうとする学校であることを、心から誇りに思います。

 

事前の説明会では、「ボランティアは被災者をサポートする存在である」という原則から始まるボランティアの心構えについて、教員からレクチャーがありました。ボランティア活動の意義をしっかりと理解した上で参加してもらいたく、生徒には多少厳しい説明をさせてもらいましたが、意志の固い生徒が400名近く参加してくれます。

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さらにそれぞれの担任からも、「ボランティアに参加しつつ、夏休みの課題・勉強をきちんとやり切れるのか」という覚悟を確認してもらった上で、この後パンフレットを渡し、実施当日を迎えることとなります。

 

 

 

 

 

 

参加する生徒には、行動することの大切さを学ぶとともに、自身の目でしっかりと被災地を見て、今後、自分に何が出来るのかを考える指針として欲しいと思います。

 

 

校長  宮崎 宏

2011/06/16
ボランティア・バスツアー

震災発生から3か月が経ちましたが、被災地ではまだまだ多くの助けが必要とされています。

 

私も震災直後から、代表理事を務めるSAJを通じて宮城県と連携し、救援物資の運搬を行ってきましたが、今回、ご縁があり、大震災にて壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市の参与として、その復興にご協力することとなりました。陸前高田市は津波により世帯の半数が全壊するなどの被害に遭い、警察発表で1,500人以上がお亡くなりになった被災地で、現在もなお1,500人以上の方が避難生活を送られています。

 

そんな状況の中、戸羽太市長は「現在、人口約2万人の陸前高田市、この市を10万人の人が住む街にしたい」という希望を掲げ、復興に取り組んでいます。10万人の陸前高田市の実現はそのまま、「日本の地方都市活性モデル」となると信じ、微力ながら私も、その実現に全力で協力させていただきたいと思います。

 

そこで、まずは継続的にボランティアの人員を確保できるよう、SAJでバスを手配し、東京から週2~3回の定期便派遣を実施することと致しました。

 

現在、瓦礫の撤去、泥かき、家財の片付け、物資の分配等々人手を必要とする作業が数多くあり、今後は被災された方々のニーズの多様化に伴い、よりきめ細かい活動もますます必要性が高まってきます。作業内容など現時点では明確にお伝えできませんが、その時々の現地のニーズに応えて臨機応変に活動を決めていく予定です。

 

ついては、郁文の子どもたちにもボランティア活動に参加してもらいたく、夏期休業中に郁文の生徒のみを対象にバス便を設定し、2~3日単位のボランティア・ツアーを実施したいと思います。

 

震災後、生徒たちにはことある毎に、この歴史的な災害を自分ごととしてとらえ、しっかり関心を持ち、向き合って生活していこう、“仁”の心を持とうと呼びかけてきました。また、一歩踏み出すことが大切で、挑戦することで何かが変わるかも知れない、動かなければ何も現実は変わらない、まず行動することが大切だとも訴えてきました。

 

このツアーへの参加を契機に、行動することの大切さを学んでくれればと思います。と同時に、是非、子どもたちに被災地の現状を自分の目で見て、心に感じて欲しいとも思っています。「ボランティア」とは、何かをしてあげる仕事ではなく、何かをさせてもらうことで学ばせてもらう仕事です。

 

今回の震災で、狂うほどの悲しみの中、被災された方々は戦っています。皆で、共に戦わせていただきましょう。「頑張って下さい」ではなく、「共に頑張りましょう」と言える仲間になりましょう。

 

 

 

理事長  渡邉 美樹

 

 

 

(一般の方々のお問い合わせは、以下にお願い致します)

 

公益財団法人 School Aid Japan

    「陸前高田市復興支援ボランティア」事務局・中川

電話:03-5737-2773  FAX:03-5737-2793

E-mail: sajinfo@schoolaidjapan.or.jp

2011/06/06
中間考査を終えて

 大震災の影響で自粛ムードの中始まった新学期ですが、6月になり今年度初めての定期考査も終わり、新入生達もだいぶ学校に慣れてきたように思います。私はここ2ヶ月、東北へ行ったり、アジア各国をめぐったりと忙しい日々を過ごしていました。学校には理事会準備、理事会のために来ていますが、時間を見つけては、可能な限り教室を回っております。

 先日(5月7日)、後援会主催の理事長講話会が開かれましたが、その際には多くの保護者の方にご参加いただき、ありがとうございました。その会では家庭学習について気づいたことがあり、お話しさせていただきました。そのお話しをこのブログで再録しようと思います。本校では「これまでの勉強時間に加えてプラス一時間勉強しよう」というスローガンを掲げて、昨年から生徒に学習時間をシートに記録してもらい、保護者の方々にも署名をお願いし、お子様の日々の学習状況を確認していただくようにしました。今年からはこのシートを1年分の"家庭学習ノート"に進化させ、生徒が勉強した時間を記録するようにしました。そして、ノートをさらに有効に活用していく方策について考えていたところ、夢手帳とこの家庭学習ノートの関係を明確にしていく必要があると思い、講話会で概略をお話しました。夢手帳には、夢という大きな目標、つまり長期計画が書き込まれていて、そして日々の学習計画、つまり短期計画がノートに記録されているというのが自然です。保護者の方々も手帳とノートの関係をそのように捉えていただきたいと思います。さらにノートには、勉強の計画と実際にどの程度勉強できたかの実行部分の比較の記録がある方が、後から振り返るために理想的ですので、そのように改良して利用できるよう、その後の職員会議で教務部長から先生方にアドバイスをしてもらいました。今日、実際に子供たちの夢手帳と家庭学習ノートを見比べて、アドバイスのように利用できているのかを確認しました。出来ている子もいましたが、夢手帳と家庭学習ノートの関連付けがまだまだの生徒もいましたので、今後も先生方と協力して、生徒たちにその使用法をとことん教えていこうと思います。とても小さいことのようですが、小さくとも夢教育に関係する大切なことには全力で取り組み、進化するのが郁文館夢学園です。

 最後に、アジア国際交流研修へのご協力ありがとうございます。私のアジア圏についての思いをご理解いただきありがとうございました。シンガポール研修が48名、韓国研修が38名、中国研修が13名の参加希望者が集まりました。ニュージーランド研修にも56名が参加します。ゴールデンウィークのカンボジア研修には23名が参加しました。合計で約180名の生徒が海外を訪れることになります。中には2カ国以上、訪問する子供もいます。今年は原発事故の関係で外国からの修学旅行生は限りなくゼロに近いでしょう。こちらから外国を訪問しなければ、アジアの子供たちとの交流はおろか、アジアを、世界を知ることはできません。研修では十分に見聞を広めるよう子供たちに伝えていきます。

 

理事長 渡邉美樹

 

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カンボジアの孤児院の写真と勉強の予定と勉強時間を書き込む家庭学習ノートです。

2011/04/23
東北

22日に、宮城県亘理町を訪問させていただきました。

 

 

福島との県境に近い海岸沿いの町ですが、阿武隈川をさかのぼる津波により大きな被害を受け、多数の避難者の方がいる地域です。

 

 

 

SAJ4この町で5日前から、グローバル高校の生徒2名がボランティア活動を行っていました。

 

物資集積所の近くにテントを張り、食料も全て自分で持ち込み活動するというもので、町の災害ボランティアセンターの指示のもと、多くの社会人や大学生とともに被災家屋の後片付けや救援物資の仕分け作業などに取り組んでいました。

  

 

 

今年の学校目標“「仁」の心を持とう”を率先して実践していることを嬉しく思います。 

 

 

                                                                   SAJ1

 

ちょうどこの日、東北への支援活動を続ける公益財団法人 School Aid Japan(SAJ)の13tトラックが亘理町に到着し、救援物資が届けられました。 

 

 

SAJの東北への物資支援は、震災の4日後に渡邉理事長が最初の活動を行って以来、7度目となるそうです。

 

 

 

 

 

本校でも、震災直後に理事長が学園HPにて呼びかけ、3月の終業式に際しボランティア委員が募金活動を始めて以降、継続的に生徒諸君に募金を呼びかけ、また入学式や全校保護者会では保護者の皆様にも募金活動にご協力をいただきました。 

 

 

先ほどの生徒2名も、集積所でSAJの物資積み卸しを手伝わせていただきました。

 

 

 

SAJ3

何カ所かの集積所を拝見しましたが、缶詰やレトルト食品などの食品類は勿論ですが、他に調理用の必需品であったり、モップやほうき、消臭スプレーなど清掃・衛生用品などの生活用品類が、各地より多数届けられていたのが印象的でした。 

 

被災直後の「とにかく食料、飲料を」という段階から、日常的な生活用品へのご要望が多くなってきているのかも知れません。 

 

 

 

長く避難生活を続けられている方々の苦しさ、辛さを思わずにはいられません。

 

 

郁文館は今後も、SAJの災害募金活動に協力を続けて参ります。

 

 

校 長  宮崎 宏

 

2011/04/14
"夢"と「夢」

今年も、食堂の“夢食だより”に文章を寄せました。

 

 

夢食だより(PDF)

 

 

 

今回は、「夢」と“夢”に関する文章です。

 

 

 

 

 

 

“夢”を見ていますか?

 

将来の「夢」ではなく、睡眠中に見る“夢”の話です。理事長は、その時々に思い描く「夢」が、詳細にカラーの映像として“夢”に現れてくるそうです。私自身、将来の「夢」が現実化したときのイメージをつくるために、自分なりに考え、空想する時間を持つようにしています。しかし、その時抱いた「夢」が、寝ている間の“夢”になかなか現れてくれません。

子どもの頃にみた“夢”は、その時抱いた「夢」に関するものが多かったような気がします。プロ野球の選手になりたかったときは、日本シリーズで活躍する自分の“夢”を多く見ましたし、大学受験生の頃は、第一志望の大学で学ぶ自分の姿をよく“夢”で見たものです。と考えると、理事長のように、その時思い描く「夢」を“夢”で見ることがないというのは、今、それだけその「夢」にかける思いや意気込みが足りないということなのかも知れません。子どもの頃のような、純粋に「夢」を思い描く気持ちや姿勢が欠けているのかも知れません。

しかも、残念なことに、私の“夢”には色がなく白黒です(と思います。) 皆さんはどうでしょうか。「夢」が実現する“夢”を、カラーで見ていますか?勿論、夢食堂でおいしい昼食を食べ満腹になったからといって、午後の授業中に“夢”を見てはなりません。蛇足ながら、念のため。

 

 

 

さて、皆さんの“夢”には色がありますか?

 

感受性が優れている人がカラーの“夢”を見やすいとか、ほとんどの場合、皆、カラーの“夢”を見ているのだけれども、目が覚めた後に思い出すとモノクロのような印象でしか記憶されていないだけだとも言われます。

 

感受性はともかく、確かに“夢”は時間とともに記憶が薄れていくもののようです。

 

実際に“夢”を詳細に記録していくと、目覚めた瞬間には鮮明なカラーの記憶であっても、時間とともに色彩の印象があせていくともいいます。

 

とするならば、やはり“夢”を見た際には、それをすぐに記録するというような努力が必要なのかも知れず、見た“夢”をイメージとして残しやすくすることが出来るかも知れません。

 

“夢”を見たらすぐにメモする習慣を付け、カラーで見たはずの“夢”をカラーのままのイメージとして残すことで、自分の「夢」に向かっていく気持ちを高められるようになるかも知れません。

 

よろしければお試し下さい。

 

 

校 長  宮崎 宏

2011/03/22
生徒に伝えたかったこと

本日、3学期の終業式と中学3年生の卒業証書授与式が行われ、そこで生徒たちにいくつかのメッセージを伝えました。

 

 

まずは今回の震災で亡くなられた方々に衷心よりご冥福をお祈りするとともに、被災され困難な避難生活を続けていらっしゃる皆様に心からお見舞いを申し上げます。

 

SAJの救援活動を通じ、現地に赴き、宮城県庁で救援活動の現場を目の当たりにしました。

 

また、副知事とお会いし、今後はSAJのトラックを最も必要とされる場所に、必要なものを届けるために派遣できるよう、情報とルートを確立して来ました。

 

 

今回の震災を通じて、私が感じたこと、特に、生徒たちに「一生忘れてはならないこと、忘れずにいて欲しいこと」を伝えました。

 

○命懸けの仕事をしよう:

現場では自衛隊や警察、消防、県庁の職員の方々が、不眠不休で命を削りながら救援業務に当たっていました。一人でも多くの生命を助けたいという、命を懸けて仕事をすることの尊さと大切さを伝えました。

 

 ○助け合いの気持ちを持とう:

他人に関心を持ちましょう。関心を持つと人は優しくなれます。

今回の非常時において、日本中の人々が被災地の皆さんへの関心、つまり他者への関心を持ち、支援の輪が広がっています。

このような他者への関心を今後も日常的に持ち続け、お互いを助け合う気持ちを育みましょう。

 

○自然の脅威を忘れずに:

人は、予測が不可能な自然の力に対し、常に謙虚であるべきです。

地球に迷惑をかけないような生活を心掛けましょう。地球とともに生きることに努めましょう。

 

○一日一日を大切に:

突然人生が終わることの可能性を意識しながら、一分一秒を無駄にせず、大切に。

生を受けた事への感謝の気持ちを忘れずに。

 

 ○まず行動することが大切:

友人の実家である、福島の老人ホームに残された19人のお年寄りを助けて欲しいというメールを、3年前の郁文の卒業生が送ってきました。

バスでお迎えに行き、その方々をワタミの介護のホームでお預かりすることが出来ました。

卒業生がメールを私に送ったことが物事を動かしたのです。

失敗してもいいから一歩踏み出すことが大切です。

挑戦することで何かが変わるかも知れないということを自覚して欲しい。

動かなければ何も現実は変わらない。チャレンジする気持ちを大切にして下さい。

 

 

今回の歴史的な災害を、自分ごととしてとらえて、関心を持ち、向き合って生活していきましょう。

 

4月からの新年度にむけてしっかりと準備を進めて下さい。

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