理事長・校長ブログ

2016年の記事

2016/11/12
校友紹介4

明日1113日は、郁文館の創立記念日です。

明治22(1889)年の創立ですので、今年で127周年ということになります。

 

その長い歴史の中で、優秀なOB(本校では校友といいます)を数多輩出してきました。

 

これまでも、著書を紹介する形式で3人の校友(柳田國男、石原純、大塚初重)にこのブログに登場してもらいましたが、

参照)

http://www.ikubunkan.ed.jp/message/2015/03/07090214.html

http://www.ikubunkan.ed.jp/message/2015/04/03113401.html

http://www.ikubunkan.ed.jp/message/2015/10/27105001.html

 

このあとは著書の有無にかかわらず、様々な業績を残している偉大なOBたちを、3人に続く校友紹介という形で、折に触れご紹介していきたいと思います。

 

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校友紹介4は、泉二 新熊[(もとじ しんくま:明治9(1876)~昭和22(1947)]、鹿児島県奄美大島出身の裁判官、官僚、刑法学者です。


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近代日本人の肖像(国立国会図書館)より


泉二は奄美大島龍郷村の中勝(現在の鹿児島県大島郡龍郷町中勝)に生まれ、名瀬市に出て小学枚を卒業、新設の高等小学枚一年級を修業した後、明治23年、15才の時に上京、翌年、郁文館中学に入学しました。

 

叔父宅に下宿しながら勉学に励み、明治27年(1894年)郁文館を卒業、その後、鹿児島高等中学校造士館、熊本の第五高等学校を経て、明治35年に東京帝国大学法科大学(独法科)を卒業後、司法省に入り、司法官として大審院判事、刑事局長、検事総長などを歴任、昭和131938)年には、現在の最高裁判所長官にあたる大審院長となりました。

 

退官後は枢密顧問官も務め、この間、刑法学者として折衷的客観主義の立場から刑事司法の解釈・実務論を展開、その学説は“泉二刑法”と称されました。著書に『日本刑法論』『刑事学研究』『刑法大要』などがあります。

 

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現在の高等学校では、下宿生活を伴って遠隔地から入学するケースは稀ですが、郁文館の明治期の卒業生名簿に記された出身地・府県名を見ると、北海道から沖縄まで、非常に多様であることに驚きます。明治期には多くの地方出身者が上京遊学し、郁文館を含む東京の私立中学(旧制)は、それぞれの建学理念に基づく人格教育のみならず、高等諸学校、その後の帝国大学へと繋がる予備校的存在としての機能をも期待されていました。

 

そうした時代の雰囲気を伝える、学園50周年に際し寄せられた泉二の談話を引用します。

 

「私は十五の年に鹿児島県の奄美大島から上京して、下町にあった東京英語学校や東京数学館あたりで勉強していましたが、後、郁文館の三年に入学させてもらい本格的に勉強し始めました。・・・・その頃は都下に中等学校が少く、殊に下町には数校ありましたが、山ノ手には殆んど学校が無かったのにもよりますが、又立派な先生方が揃って居られたためもあり、我々学生間に於ける郁文館の名声は、大したものでした。・・・・

 

郁文館からの推薦で、卒業後無試験で高等学校造士館の予科一級に入学しました。急に一級に飛び入りしたのですから、三級二級から進んで来た生え抜きの生徒に圧せられるような感じもしましたが、負けてなるものか、推薦して下さった母校に済まないとの感じで一生懸命勉強しました。後、一時造士館が廃止になりまして、又も五高に飛び入りましたが、幸いに首席で卒業させて頂きました。他の高等学校へ進んだ人々も「自分は郁文館の卒業生だ」という誇りを傷つけまいと勉励して、皆立派な社会人になられました。・・・・」

 

上級学校への準備として郁文館で学び始めた学生もいたでしょうが、最終的には、泉二の言のように、“「自分は郁文館の卒業生だ」という誇り”を持ち巣立っていった卒業生も勿論多く、校風も広く支持され、「頑張らなければ母校に済まない」と感じるような愛校心があったようです。

 

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『郁文館学園五十年史』より

 

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出身地である鹿児島県大島郡龍郷町役場のHP(http://www.town.tatsugo.lg.jp/)によれば、龍郷町の名誉町民としても顕彰され、また公民館に特設コーナーが置かれるなど、偉大なる郷土の先人として、今なお地元から深く敬慕されているようです。

 

出身地同様に、母校である郁文館でも、偉大なる校友として、これからも誇りをもって、後輩である生徒たちに語り継いでいきたいと思います。

 

 


校長  宮崎 宏

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