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2011/08/24

ニュージーランド視察から その2

 クライストチャーチを訪れました。去年9月、今年2月と続けざまに、地震に見舞われた街は、大聖堂を中心に繁華街が広がる美しい街でしたが、その街をかつてない大きな地震が襲いました。その街の中心は壊滅的な被害を受けたため、現在でも一般市民は中に入れない立入禁止区域となっています。

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 今回、市の許可を得て、レッドゾーンと言われる地震で破壊された街の中心に入りました。パスポートを提出し、写真を撮り、IDカードをつくり、ヘルメットをかぶり、防災服を着て、防災長靴を履き、ようやく中へ入れてもらうことができました。

 日本の方28人が亡くなった場所、C・T・Vビル前で献花させていただきました。そこには、日本からの家族の手紙がありました。~お父さんと4人で来たよ、あなたの言うとおり美しい街だね・・・~ ~お母さんだよ、やっと家に帰れるね~  胸がしめつけられるような、愛にあふれた言葉の数々が読み取れました。献花とともに一通の手紙を献げました。出し主は、郁文の生徒が現在お世話になっているホストファミリーで、このホストファミリーが預かっていた留学生が地震で亡くなったとのことでした。"安らかにおやすみ下さい"の自筆の手紙を心こめて献げてきました。

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 日本の災害で、「想定外」「想定外」と都合のいい言葉が飛び交っています。本当に想定外だったのか、自分の家族が危険にさらされていたとしても、それは想定外だったのか、"親身"に想定はされたのか・・・。クライストチャーチの被災地に立ち、東北大震災の津波に流された街に立ち、愛があれば、想定外は想定内になったのではないかという思いが、フツフツと心にわいてきます。想定外などという言葉は、表現は悪いのですが、"クソくらえ!"だと感じます。想定内だろうが、外であろうが、愛する人は守らねばならない、愛する人は何としても守らねばならない。そんな想いが強まります。
 ― 防災対策 ―  ― 危機管理 ―  大きな愛に基づいてやり抜かねばなりません。それが為政者の責任であると、改めて思い知らされるクライストチャーチ行きとなりました。

 そんなクライストチャーチから、首都ウエリントンへと向かいました。国会議事堂の建物群の1つ、執務棟ともいうべきビーハイブにて、ジョン・キー ニュージーランド首相と会談させていただき、「2025年までに、再生可能エネルギー90%へ」の道筋が、この国では明確に描かれていると感じました。思いつくままに、中途半端な発言を繰り返す、日本の首相とは残念ながらケタが違います。今までの中心の"水力"から"地熱エネルギー"へと転換させていこうとする、"原発には頼らない"という明らかな意志があります。損得の前に、人としてエネルギーとどう向き合うのか、そのことを考えなければならないと実感しました。

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 また、懸案となっているTPPについて、ジョン・キー首相、そしてニュージーランド経団連とも言われるBusinessNZのPhil O'Reillyと話し合いました。両名とも震災によって日本の国内調整が遅れているのは、仕方ないと言いつつも、日本の対応の遅さ、態度の曖昧さに、不信感を募らせていることが伝わってきました。農業問題さえ国内で解決すれば、将来最も大きな利益を得るのは輸出国日本だと、お二人は強くそのように言います。TPPについては、日本は完全に出遅れていて、11月の締結へと準備を進められる中、日本はそのルールづくりにさえ関わることさえ出来ずにいます。ニュージーランドのような食糧輸出国と、シンガポールのような食糧輸入国の間でルールが決められてしまえば、日本が参加したくとも参加できなくなってしまうのです。輸出、輸入のルールのみならず、保険金融のルールも見直されようとしています。日本という国は、「緊急ではないが、重要なこと」に全く手が打たれていない国だと言わざるを得ません。

 エネルギー問題にしても、TPP問題にしても、それが国民の総意ならば、いずれの答えでもいいのです。答えを持たない国として、世界の国々から見られる事は辛いことです。意志なき国、行動なき国として、日本が見られることだけは避けなければなりません。


理事長  渡邉 美樹
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